第5回 FRパラドックス──量子力学は、自分自身を記述できないのか?

第6回 FRパラドックス──量子力学は、自分自身を記述できないのか? 量子力学

前回、ウィグナーの友人という構成では、「観測されたはずの情報が干渉に現れる」といった状態は、量子力学のルール上、実際には構成できないことを確認した。観測によって情報が記録されれば、それは環境に広がり、干渉は壊れる。つまり、記録がある限り、外からその状態を“まだ決まっていなかった”ものとして扱うことはできない。ズレがあるように見えても、それは本当に作れるズレではなく、したがってパラドックスも起きなかった。

では、矛盾は本当に作れないのか?
今回扱うFRパラドックス(Frauchiger–Renner構成)は、まさにそれを乗り越える試みとして登場した。観測と記録の関係を工夫して、矛盾が起きるように見せようとした構成である。

Frauchiger-Renner thought experiment [6]. The technical details of the… | Download Scientific Diagram より

FR構成の流れ

この構成には4人の観測者が登場する。

  • F:量子的なコインを観測する。裏が出れば“上向きスピン”を、表が出れば“上”と“下”の重ね合わせのスピンをF′に送る。
  • F′:そのスピンを観測し、“上”か“下”のどちらかの結果を得る。
  • W′:F′とスピンをまとめて干渉測定し、干渉が成立すれば「OK」、成立しなければ「FAIL」を出す。
  • W:FとW′を含む全体に干渉測定を行い、同様に「OK」または「FAIL」を出す。

「OK」が出たとは、干渉が成立した=中にいた観測者の記録がどこにも残っていなかった、ということを意味する。


矛盾が導かれる流れ

FR構成で主張される矛盾は、以下のような推論の積み重ねから生じる:

  1. W′がOKを出したとする。
     → 干渉が成立したのだから、F′の観測記録は残っていなかった。
     → それなら、Fが送ったのは重ね合わせスピンだった。
     → よって、Fはコインで「表」を見ていたと推論される。
  2. Fが「表」を見ていたなら、F′に送られたスピンは“上”と“下”の重ね合わせだった。
     → F′がそれを観測すれば、“上”か“下”が50%の確率で出る。
  3. WがOKを出すためには、F′が“上”を観測していた必要がある。
     → “上”を観測していたなら、F′には記録が残っていたはず。
     → それならW′の干渉は成立しない。
     → 矛盾。

このように、各観測者が自然な推論を行っているにもかかわらず、全体としては両立しない結論に至ってしまう。FR構成はこれを「量子力学は自己矛盾に陥る」と主張する。→ 推論どうしが矛盾する。


だが、そもそもOKが出るような状況がおかしい

ここまで読めば、多くの読者は「そもそもそんなことが起こるはずがない」と感じるだろう。

  • Fはコインを観測し、その結果に応じてスピンを準備している。
  • F′もそのスピンを観測している。
  • 観測が行われていれば、結果はどこかに記録される。
  • 記録があれば干渉は壊れる。
  • ならば、W′やWがOKを出すような状況は、物理的にあり得ない。

つまり、この矛盾は「本当に起きている」わけではなく、そう見えるように構成されたものではないか、という疑問が浮かぶ。


OKが出るようにするために導入された仮定

実はFR構成では、次のような特殊な仮定が導入されている。

「観測はされたが、その記録が残ったかどうかはまだ決まっていない」
→ 記録していた状態と記録していなかった状態が、量子的に重ね合わさっている。

この仮定を入れると、記録があったともなかったとも言える状態が準備され、干渉が成立して「OK」が出る可能性がある。FR構成の矛盾は、こうした前提を使って初めて導かれる。


それでもこの構成には、論理的に無理がある

たとえこの仮定を導入したとしても、FR構成の推論には決定的な誤りがある。

記録の有無が重ね合わせになっている状態とは、「記録されていたかどうかが未確定である」ということだ。ところがこの構成では、その未確定な状態から、あたかも「記録されていなかった」あるいは「記録されていた」という確定的な事実を引き出している。そしてそれを前提にして、次の推論を積み重ねている。

これは、1つの未確定な状態から2つの確定的な因果関係を引き出し、それらが矛盾していると主張しているにすぎない。だが、その矛盾は量子力学のせいではなく、未確定なものを確定したように扱った推論の側に原因がある

要するに、FR構成は「矛盾が起きた」のではなく、「矛盾を起こすように論理を誤って使った」だけなのだ。


次回:仮定だったはずの状態が、現実に実現された

FR構成は破綻している。だが、その中で使われていた「記録されたかどうかが未確定な状態」という仮定は、実は現実の実験で実現されている。次回は、Proiettiらによる2019年の実験を通じて、記録されたはずの情報が干渉に現れるとはどういうことかを見ていく。

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