第1回 量子コンピュータでは、どうやって「重ね合わせ」を作っているのか?

量子力学

「量子超越」を達成したとか、IBMが100量子ビットを超えるチップを発表したといった話を耳にしたことがある人もいるかもしれない。でも、それがどれほどすごいのか、そもそも量子コンピュータとは何をどうやって動かしているのか、具体的にイメージできている人はまだ少ないと思う。

この連載では、量子コンピュータの仕組みを、できるかぎり現実に使われている装置の構造と操作に即して一つずつ見ていく。今回のテーマは、もっとも基本的な部分──「重ね合わせ状態」をどうやって作っているのか?という話だ。


量子ビットとは、そしてそれはどこにあるのか?

量子コンピュータでは、情報の最小単位を「量子ビット(qubit)」と呼ぶ。これは古典コンピュータにおけるビットに相当するが、0か1のどちらかに決まっているビットと違って、量子ビットは0と1の両方を同時に含んだ状態──すなわち重ね合わせ状態をとることができる。

量子ビットは実際の物理装置で実現されており、そこで生じる量子状態が、情報の担い手となる。超伝導方式では、1つの量子ビットは、超伝導体という特殊な材料でできた小さな電子回路ユニットとして実装されている。超伝導とは、物質を極端に冷やすことで電気抵抗がゼロになる現象で、これを使えば、微細な回路内に安定した状態を作ることができる。

この小さな回路の中で、電流や電圧が量子力学に従って振動している。その中で、特にエネルギーの安定した2つの状態を選び、それぞれを量子ビットの「0」と「1」に対応させる。つまり、量子ビットとは量子状態の情報をもった回路ユニットのことであり、抽象的な情報単位と物理的な構造が結びついている。


重ね合わせはどう作るのか?

超伝導量子ビットでは、ビットの状態を操作するためにマイクロ波の電磁パルスを使う。これは古典コンピュータにおける電気信号に相当するものだが、波の形や強さ、持続時間を細かく調整することで、量子ビットの状態を回転できる。

たとえば、もともと「0」の状態だった量子ビットに、ちょうどよいパルスを当てると、「0」と「1」が等しく含まれているように見える状態へと変えることができる。ただしこれは、状態そのものが何かと混ざったというより、その状態を別の構成で表した結果、0と1の両方の成分が現れるようになった、という理解が正確だ。

こうした構成を作る操作の一つが、「Hadamard(アダマール)ゲート」と呼ばれるものだ。たとえば「0」の状態にHadamard操作をかけると、「0と1を等しい重みで、同じ符号で組み合わせた形」に変換される。Hadamardは、状態を「0と1」という区別とは別の構成の向きで見直す操作であり、量子状態がもともと持っていた可能性を別の表現に切り替えているにすぎない。

量子状態というのは、空間の中のベクトルのようなもので、それをどの方向に沿って構成するかは切り替えることができる。Hadamard操作は、そうした構成の方向を切り替える操作の一つだ。

なお、こうした構成の切り替えはHadamardに限らない。たとえばZゲートという操作では、「0」の構成はそのままに、「1」の構成だけ符号を反転させることができる。Rzゲートという操作を使えば、ある成分にかかる位相(波のような振動のタイミング)をずらすこともできる。これらはすべて、構成の中に含まれる重みや符号の調整を行う操作であり、あとから加える干渉や強調・打ち消しを生み出すための基本的な道具となっている。

HadamardやZゲートなどの操作は、マイクロ波パルスの時間幅や振幅を精密に制御することで、超伝導回路の中で現実に実行されている。


複数の量子ビットを重ね合わせるとどうなるのか?

1つの量子ビットだけの重ね合わせは比較的単純だが、量子コンピュータが本領を発揮するのは、量子ビットを複数組み合わせて使うときだ。

2つの量子ビットがあるとき、それぞれが0と1の重ね合わせになっているだけでなく、「00」「01」「10」「11」の4通りすべての組み合わせを1つの量子状態として同時に含むことができる。

Hadamard操作を2つのビットに同時にかければ、その4通りの構成すべてが、等しく含まれているように見える状態が得られる。これは、状態そのものを構成で足し合わせたのではなく、「それぞれの構成が対等に現れるような表現に切り替えた結果」として、そう見えるのである。

ただしそれだけではない。それぞれの構成に異なる重みや符号をつけて混ぜることもできる。たとえば、「00」と「10」には +1、「01」と「11」には -1 をつけるような構成も可能だ。これはビットの値を変えているわけではなく、各組み合わせを、重ね合わせの中でどう扱うかという構造の違いを表している。この違いが、あとから加える操作によって意味を持ち始める。


重ね合わせはどんなかたちで存在しているのか?

ここまで見てきたように、2つの量子ビットにHadamard操作をかけると、「00」「01」「10」「11」の4通りすべてを同時に含んだ状態ができる。だがそれを「4つの状態が同時に存在している」と言われても、実感が湧きにくいかもしれない。

というのも、量子ビットは回路上に物理的に並んでいるので、「01」や「11」といった複数ビットの組み合わせが、それぞれ空間のどこかにあるように感じてしまう。

だが実際には、そうではない。これらの組み合わせは、2つの量子ビット全体が作る1つの状態の中に同時に含まれている。つまり、「00」「01」「10」「11」の4通りがバラバラにあるのではなく、全体としてひとまとまりの状態になっている。

これは、操作が系全体に作用することで、ビット同士が一体化した量子状態になるからだ。空間の中に分かれて存在しているのではなく、状態空間の中で結びついている、というほうが近い。

このとき使われる操作(たとえばHadamard)は、個々のビットに対するパルスだけでなく、量子ビット間の共振器を介した結合によって、全体の状態に同時に働きかけるように設計されている。つまり、「すべての状態に同時に作用する」とは、状態全体を一括で制御するという意味であり、それが物理的な回路で実際に実装されている。


ビット同士の関係はどう作るのか?

重ね合わせによって、複数の組み合わせを同時に持った状態を作ることはできる。ただし量子コンピュータでは、それだけでなく、ビット同士が特定の関係をもつような構造も扱うことができる。

たとえば、「このビットが0なら、あのビットも0」「このビットが1なら、あのビットも1」といった、ビット同士の間に連動があるような状態を作ることができる。しかも、どちらのビットも測定するまでは決まっていないのに、どちらかを測定した瞬間にもう一方の結果も確定するという、不思議な関係が現れる。こうした状態は「もつれ(エンタングルメント)」と呼ばれる。

超伝導方式では、こうしたもつれを作るために、量子ビット同士を共振器で接続している。共振器は、量子ビット間でエネルギーをやりとりし、量子的な相互作用を起こすための媒介となる装置だ。たとえば、「片方が1なら、もう片方を反転させる」といった条件付きの操作を、パルスの組み合わせで実行することで、2つのビットが切り離せない状態を作り出すことができる。

もつれは、たとえば量子テレポーテーションや誤り訂正のような、ビット間の関係が本質となるアルゴリズムで重要な役割を果たす。


たくさんのビットではどうなるのか?

量子コンピュータは、2つや3つのビットでは意味がない。何十、何百、そして最終的には何百万の量子ビットを制御し、協調させることが目標とされている。

そのため、ビットは回路基板の上に格子状(2次元)に並べて配置される。これは単なる見た目の話ではない。量子ビット同士のもつれ操作は、基本的に物理的に接続された隣接ビットにしか行えないため、操作の自由度を確保するには上下左右に隣接ビットが必要になる。1列に並べるだけでは、複雑な操作が制限されてしまう。

では、なぜ3次元に積み重ねないのか。理由は単純で、マイクロ波パルスを送るための配線や制御装置のスペースがなくなるからだ。各ビットには個別の信号線が必要で、それが干渉しないように設計されている。3次元に積んでしまうと、内側のビットに信号を送れなくなり、冷却も難しくなる。だから今のところ、実際の量子プロセッサは2次元構成が主流となっている。


なにが「壁」になっているのか?

量子ビットを作る技術も、それを操作する技術も、すでにかなり進んでいる。だが、それを正確に保ち続けること、そして大量に並べて一斉に制御することには、いまだに大きな壁がある。

量子状態はとても壊れやすい。まわりの熱や振動、材料の欠陥、電磁ノイズ──そういったごくわずかな影響でも、量子状態は数十マイクロ秒のうちに崩れてしまう。これを「デコヒーレンス」と呼ぶ。さらに、ビットの数が増えると、信号の混線や干渉、操作ミスのリスクも比例して増えていく。

つまり、量子コンピュータの難しさは、「作る」よりもむしろ「使いこなす」ことにある。正確に制御できなければ、いくら数を増やしても意味がない。

次回は、構造の違いがどう計算の違いになるかを見る

次回は、重ね合わせ状態が実際にどのように計算に使われるのかを具体的に見る。特に、すべての候補を同時に扱えるという量子計算の特徴が、探索という単純な問題に対してどんな違いを生み出すのか。Groverのアルゴリズムという代表例を通して、「構造の違いがそのまま計算の違いになる」という量子の本質に踏み込む。

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