地震予知と地震予測は違う
地震が起きるたびに「なぜ予測できなかったのか」という声が上がる。しかしここで重要な区別がある。地震予知と地震予測は全く異なるものだ。
地震予知とは「いつ、どこで、どの規模の地震が起きるか」を事前に特定することだ。これは現在の地震学では信頼できる方法が存在しない。前兆現象として電磁気の変化、動物の異常行動、地下水の変化などが研究されてきたが、科学的な検証に耐えるものは現時点では確認されていない。
一方地震予測とは「この地域で今後30年以内にM6以上の地震が起きる確率は何%」という形で確率的に評価するものだ。これは現在の主流のアプローチであり、確率的ハザード評価と呼ばれる。建築基準や保険料率の設定に使われている。
また緊急地震速報は地震が始まった後にP波を検知して警報を出すものだ。これは予知でも予測でもなく、すでに始まった地震を数秒から数十秒前に知らせるものだ。しかし一般には「地震予知」と混同されることが多い。
確率的ハザード評価の限界
確率的ハザード評価の基礎となるのは「地震は定期的に繰り返す」という考え方だ。過去の地震の記録から再来間隔を推定し、次の地震が起きる確率を計算する。
しかしこの前提自体が揺らいでいる。東日本大震災の例で見たように、数百年以上の再来間隔を持つような地震を100年程度の観測データから推定することには根本的な限界がある。また複数の震源域が連動することは想定されていなかった。地震が定期的に繰り返すというモデルは、限られた観測データから導かれたものであり、バイアスを含んでいる可能性がある。
実際、地震の発生間隔は一定ではないことが観測されている。同じ断層でも前回と今回の間隔が大きく異なるケースが報告されており、「定期的に繰り返す」という単純なモデルでは説明できない地震が多く存在する。
そしてそもそも「ひずみが蓄積している場所」を正確に特定できなければ、確率的な評価も難しい。ここに地震予測のより根本的な問いがある。
ひずみはどこに蓄積しているのか
プレートテクトニクスによる地震の標準的な説明は「ひずみが蓄積して解放される」というものだ。プレートの境界ではこの説明はある程度成立する。しかし内陸地震ではどうか。
内陸でひずみが蓄積しているとすれば、GPSでそれが観測されるはずだ。しかし実際にはGPSで内陸のひずみ蓄積速度はプレート境界に比べて桁違いに小さく、かろうじて検出できる程度だ。アメリカ中部のニューマドリッド地震帯では1811〜1812年にM8を超える巨大地震が起きたが、現在のGPS観測ではひずみの蓄積がほとんど検出されていない。「ひずみが蓄積しているはずなのにGPSで見えない」のか「そもそもひずみは蓄積していない」のか、地震学者の間でも議論が続いている。
また内陸地震には「ローミング地震」と呼ばれる現象がある。内陸地震はプレート境界の地震のように同じ断層で繰り返すのではなく、異なる断層構造で次々と起きることが観測されている。つまり同じ場所でひずみが蓄積して解放されるというサイクルが成立していない可能性がある。
さらに根本的な問いがある。プレートが動くのはひずみを蓄積するためではなく、むしろひずみを解放するためだ。プレートが自由に動ける場所ではひずみは蓄積しない。ひずみが起きるのはプレートが動けない場所、つまりロックされている場所だ。では内陸でひずみが蓄積するとすれば、なぜそこでプレートが動けないのか。この問いにはまだ十分な答えがない。
内陸地震のトリガーはひずみ以外にある
内陸地震のひずみ蓄積が見えにくいとすれば、内陸地震のトリガーは別にある可能性がある。
フランスの地震学者CalaisとRitzは2019年にフランスのLe Teil地震を詳細に分析した。その結論は興味深いものだった。この地震は氷河期後の氷河融解による地殻への荷重除去と近くの採石場の影響によって引き起こされた可能性があるというものだ。つまり数百万年かけてわずかに蓄積したひずみが、ごく小さな外部の力によって解放されたということだ。
これは重要な示唆を含んでいる。内陸断層ではひずみが蓄積するのに数百万年かかるが、それを解放するトリガーはごく小さな力でいい。氷河融解、採石、ダム建設、地下水の変化、さらには気圧変化でさえ、すでにギリギリの状態にある断層を動かす引き金になり得ることが観測されている。また間隙水圧の変化も重要なトリガーだ。断層の中に存在する水などの流体の圧力が高まると断層の摩擦が下がって滑りやすくなる。
つまり地震のトリガーを予測するためには、ひずみの蓄積だけでなく、こうした多様な要因を把握する必要がある。これが地震予測をさらに難しくしている。
地震の前に何かが起きているのか
ひずみや多様なトリガーの問題はあるとして、地震の直前に何か観測できる変化はないのか。これは地震学者が長年追い続けてきた問いだ。
2023年にコートダジュール大学のBleteryとNocquetがScience誌に発表した研究は注目を集めた。世界中の3000以上のGPS観測点から得たM7以上の地震90例のデータを解析した結果、地震発生の約2時間前に震源付近で断層の滑りが指数関数的に加速する微弱な信号が検出されたというものだ。
しかしこの研究に対しては批判的な見解も出ている。「GPSネットワーク全体に共通するノイズが前兆信号のように見えているだけだ」という指摘があり、現在も議論が続いている。個々の地震では信号が見えず、何千もの地震データを重ね合わせて初めて見えるものであるため、仮に信号が本物であっても現時点では個々の地震の予測には使えない。
電離層との関係も研究されているが、こちらもまだ理論段階で観測的証拠は限られている。
機械学習と新しい観測技術
前兆現象が捉えにくい中、機械学習と新しい観測技術が地震研究に新たな可能性をもたらしている。
機械学習によって従来の地震計データから従来の10倍程度の小さな地震を検出できるようになった。これによってより詳細な地震活動のパターンが見えてきており、断層がどこでどのようにひずみを蓄積しているかの理解が深まりつつある。余震の予測にも一定の成果があり、大地震直後のGPSデータを機械学習で解析することで、余震がどこで起きやすいかをある程度予測できることが示されている。
衛星InSARと呼ばれる技術でミリメートル単位の地表変形を数ヶ月前から検出できるようになった。また光ファイバーケーブルを地震センサーとして活用する研究も進んでおり、海底ケーブルをそのまま観測網として使うことで、これまで観測が難しかった海域での地震検知が期待されている。
しかし機械学習には根本的な限界がある。機械学習は過去のパターンから学習するが、東日本大震災のような「想定外」の地震はそもそも過去のパターンに存在しない。前例のない地震には対応できないという問題は、観測技術がどれほど進歩しても変わらない。
地震予測は今どこにいるのか
地震予測の難しさは技術の問題だけではないことが見えてきた。
ひずみがどこに蓄積しているかは内陸地震では正確にわからない。地震のトリガーはひずみ以外の多様な要因が絡み合っている。前兆現象として期待された信号も、その存在自体がまだ議論中だ。断層系は複雑な非線形システムであり、わずかな条件の違いが破壊のタイミングを大きく左右する。
現在の地震科学は「いつどこで起きるか」を特定する地震予知から離れ、「どの地域でどの程度の揺れが起きる可能性があるか」を確率的に評価する方向に進んでいる。その精度を上げるために観測技術と機械学習の活用が続いている。しかしその評価の前提となる「ひずみはどこに蓄積しているか」という問い自体が、まだ完全には答えられていない。
次回は、日本が地震の予測にどう向き合ってきたのかを見ていく。


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